最高裁判所第一小法廷 昭和25年(あ)643号 決定 1950年11月02日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人吉崎勝雄上告趣意について。
記録を精査するに、原審は控訴趣意書を差出すべき最終日を昭和二四年八月一九日と指定し、同年七月二二日その通知書を被告人に送達してこれが通知をなしているのである。そして、被告人は国選弁護人選任要否の照会に対し一旦その必要なき旨の回答をしながら、控訴趣意書差出最終日に切迫した同年八月一七日に改めてこれが選任を請求したものであって、原審裁判長は同月二〇日被告人のため弁護士松井久市を弁護人に選任したのである。なるほどこの弁護人選任の通知は同年一一月四日に至りはじめて、同弁護人に対してなされたものであることは所論の通りであるが、この通知の遅延したために同弁護人が自ら控訴趣意書を提出し得なかったものとはいい得ないのである。それは同弁護人の選任そのものが既に控訴趣意書差出最終日を経過した以後であったからである。そして、弁護人の選任がかくの如く趣意書差出最終日後になされたことも、被告人が裁判所に対し一旦国選弁護人の選任不要の旨回答しながら、趣意書差出期間終了間際に至って改めてこれが選任を請求したため、裁判所が遅滞なくその選任をなしたにも拘わらず、避けることのできなかった結果であることは前説示の手続の経過に徴して明らかである。されば所論の如く原審によって国選弁護人の制度が無視され弁護人の弁護権に重大な制限が加えられたものとなすことはできない。のみならず所論は単なる訴訟法違反を主張するものであり、明らかに刑訴四〇五条所定の上告適法の理由に該当しない。夫れ故論旨は採用に値しない。
被告本人の上告趣意について。
論旨は畢竟横領の意思を否定し単に代金支払の遅延したに過ぎないものたることを主張するのであるが、原審のなした判示事実の認定は、その挙示する証拠に照らしこれを肯認するに難くないのである。所論は原審の裁量権に属する事実認定を非難するに帰し明らかに刑訴四〇五条所定の上告適法理由に該当しない。
よって刑訴四一四条三八六条一項三号に従い主文のとおり決定する。
この決定は裁判官全員の一致した意見である。
(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔)